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札幌高等裁判所 平成5年(う)42号 判決

裁判所書記官

小松貢

本籍

北海道中川郡幕別町札内春日町二九七番地の六

住居

同帯広市西一条南二五丁目八番地

不動産業

菅野光夫

昭和一四年七月五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、釧路地方裁判所が平成五年一月二五日言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官井上隆久出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

第一控訴趣旨及び答弁

本件控訴の趣意は、弁護人諏訪裕滋、同加藤恭嗣協同提出の控訴趣意書に、答弁は、検察官井上隆久提出の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第二控訴趣意に対する判断

一  論旨は、要するに、原判決は、被告人が、自己の所得税を免れようと企てて、平成元年中に土地売買に関して得た収入のうち、代金の一部の三億円及び保証金一〇〇〇万円合計三億一〇〇〇万円を除外して記載した虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により同年分の正規の所得税額との差額一億六一四三万四九〇〇円を免れたとの事実を認定して、被告人に所得税逋脱罪の成立を認めているが、〈1〉右の三億円は、土地売買代金の一部ではなく、右売買に係る土地のゴルフ場開発に関して、買主側から被告人に預託された開発協力金であり、ゴルフ場の開発許可がおりなかったときには、開発許可運動に費やされた費用分を除いて返還すべき金員であったから、本来右年度における被告人の収入となるべき性質のものではなく、また、〈2〉右一〇〇〇万円の保証金については、被告人は、申告時、その存在を失念していて、逋脱の意思がなかったから、結局、被告人には、本件について所得税の逋脱罪は成立しないのに、原判決は、証拠の評価を誤り、前記のとおりの事実を認定して被告人に所得税逋脱罪の成立を認めたのであって、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、破棄を免れない、というのである。

二1  そこで、記録を調査し、当審での事実取調べの結果をも併せて検討すると、原判決挙示の関係各証拠によれば、原判決認定に係る被告人の所得税逋脱の事実を優に認定することができ、原判決に所論主張のような事実の誤認があるとは認められない。以下、所論にかんがみ、補足して説明を加える。

2  まず、前記〈1〉の点に関し、本件三億円が被告人に支払われるに至った経緯等について検討すると、関係各証拠によれば、以下(一)から(一〇)までの各事実を認めることができる。

(一) 被告人は、北海道空知郡栗沢町字宮村三三五番及び三三七番の各土地(地目・山林。登記簿上の地積合計・二〇二万二六六二平方メートル。以下「本件土地」という。)を所有していたが、太成企画株式会社(以下「太成企画」という。)は、本件土地を購入した上、ゴルフ場用地として他に売却することを計画し、被告人に対し、その購入を申し入れた。

(二) 被告人は、平成元年六月一二日、札幌市白石区の太成企画の事務所で、同社の千葉武志社長、山崎勝則専務(平成二年三月以降は社長)らと会って、本件土地の売買に関する同日付け覚書を取り交わした。右覚書において、被告人と太成企画側は、本件土地の売買代金の予定価格を五億円とすること、太成企画が被告人に一〇〇〇万円の保証金を差し入れること、国土利用計画法に基づく北海道知事の不勧告通知を受けた後三〇日以内に代金の決済を行い、その際前記の保証金は代金の一部に充当するが、太成企画が代金の支払をすることができないときには、右覚書に基づく売買の約束は効力を失い、被告人が右保証金を取得すること等を取り決め、被告人は、その席上、右覚書に従って、保証金として現金一〇〇〇万円を受領した。なお、右一〇〇〇万円は、直ちに北海道銀行南郷七丁目出張所から、同銀行千歳支店の被告人の普通預金口座に振込入金された。

(三) 被告人と太成企画は、平成元年六月二三日、国土利用計画法に基づき、本件土地の売買契約の締結を北海道知事に届け出たが、その際、右売買の代金を五億円、その内訳を、土地に関する予定対価の額・二億六二九四万六〇六〇円、土地上の立木(同法二三条一項、一五条一項六号、同法施行規則四条三号所定の工作物等)に関する予定対価の額・二億三七〇五万三九四〇円として、届け出た。そうして、同年七月中旬ころ、同法に基づく北海道知事の不勧告通知(同法二四条三項参照)がなされ、前記(二)の覚書の規定により、代金の決済期日はその三〇日以内と確定するに至った。

(四) 太成企画は、本件土地を株式会社ジェネシス(以下ジェネシス」という。)に転売することを計画し、一方、ジェネシスとしても、本件土地を購入した上自社においてゴルフ場として開発することを強く希望し、そのためにまず太成企画が被告人との間で本件土地の売買契約を締結するよう同社に対して要請していたが、太成企画では、前記の決済期日までに被告人に対する売買代金を用意することができなかった。

(五) 前記千葉、山崎らは、平成元年八月一〇日ころ、札幌市中央区の飲食店「花遊善」で、被告人やその他の関係者らと会った際、被告人に対し、代金を用意できなかった事情を説明し、代金支払の猶予を求めたが、被告人は、これに応じず、前記の覚書に基づく売買の約束はここに効力を失うことになった。しかし、千葉、山崎ら太成企画は、前記のとおり、被告人と売買契約を締結すれば、ジェネシスに本件土地を転売する予定になっていたことから、なおも強くその購入を希望し、右の席上、当初約定の五億円の代金に二億円を加算して合計七億円を支払うなどの新たな条件を提示するなどして、本件土地を売却するよう更に要請を重ねた。なお、その際、出席者の中には、代金を増額すると、再度国土利用計画法に基づく届出をする必要があり、その場合北海道知事から代金額について勧告を受ける恐れがあるのではないかとの趣旨の懸念を表明する者もいたが、被告人は、これに対し、増額分については、代金としてではなく、開発協力金として支払えば再度の届出は不要である旨の意見を述べた。結局、このような交渉の末、被告人と千葉、山崎ら太成企画側は、同月一一日、太成企画が被告人に対し当初約定の代金五億円のほかに、開発協力金の名目で更に三億円を支払うことにより本件土地を売買することで合意し、太成企画の事務所で、いずれも同日付けの売買契約書及び覚書を取り交わした。

(六) ところで、もともと、本件土地の売買に際し、太成企画側としては、本件土地について転売先のジェネシスがゴルフ場を開発するに当たって、地元関係者らとの人的関係等がある被告人の協力を受けることを当初からある程度期待する意向をもっていたが、前記のとおり開発協力金名目の金員の支払が話題になった際も、被告人が行うべき開発協力の内容等が具体的に取り決められたり、その趣旨の具体的な要請が太成企画側から被告人に対してなされるということはなかった。また、例えば、ゴルフ場開発が結局成功しなかった場合に、開発極力金の全部又は一部を被告人が返還する義務を負うことにするなど、右開発極力金名目の金員について代金とは何らか別の処理をすることを取り決めるなどということもなかった。そうして、前記売買契約書は、本件土地(土地上の立木分を含む。)の代金を五億円と定めるのみで、開発協力金の支払等については全く触れるところがなかったし、ゴルフ場の開発協力等についても何らの約定を定めていなかった。なお、右契約書と同時に作成された前記覚書には、本件土地の代金を五億円とするほか、これとは別に開発協力金として太成企画が被告人に対し三億円を支払うとの趣旨が記載されてはいるが、被告人が行うべき開発協力なるものの内容等についてはやはり何らの記載がなく、ゴルフ場の開発が結局成功しなかった場合の開発協力金の処理等についても規定するところがなかったし、その他に、右の諸点について具体的な内容を定める文書等が取り交わされたり、これらの点について口頭で何らかの約束がなされるということもなかった。

(七) 被告人と太成企画との右売買契約の成立を受けて、太成企画とジェネシスとは、平成元年九月一一日、本件土地の売買契約を締結した。その際、太成企画の千葉、山崎や、ジェネシスの吉田政司社長、高澤誠副社長らが右締結の場に出席したが、ジェネシス側が太成企画側に対し、本件土地のゴルフ場開発について何らかの協力を依頼するなどしたことはなかった。また、ジェネシスが、太成企画を介するなどして、被告人に対し何らかの開発協力を依頼したなどということもなかった。なお、右契約締結に当たり、両社は、本件土地(土地上の立木分を含む。)の代金を八億円とする売買契約書を作成したほか、別に右代金を五億円とする契約書をも同時に作成したが、右代金五億円の契約書を作成したのは、国土利用計画法に基づく届出上の代金額とそごを生じないようにするという配慮によるものであり、そうして、右契約締結の席上、ジェネシスから太成企画に小切手が交付されたが、そのうち、額面五億円と三億円のもの各一通は、被告人と太成企画との本件土地売買契約に基づく支払として、太成企画側ら、その場に同席していた被告人に対してそのまま交付され、被告人は、これを受領して、同月一四日、北見信用金庫の自己の預金口座に入金した。なお、千葉は、右二通の小切手の受取りを証する趣旨で、五億円分と三億円分の各領収証を作成し、そのいずれにも「空知郡栗沢町字宮村三三五番及び三三七番不動産売買代金」と記載して、ジェネシスに交付した。そして、本件土地については、同月一一日、同日付け売買を原因として、被告人からジェネシスへの所有権移転登記がなされた。

(八) ところで、太成企画とジェネシスとの間では、平成元年八月一日付けで覚書が作成され、その中には、本件土地売買の代金を五億円とし、それとは別に開発協力金としてジェネシスが太成企画に対し三億円を支払うなどの内容が記載されているが、右覚書は、実際には右作成日付けとして記載されている年月日のころに作成されたものではなく、ジェネシスの高澤と太成企画の山崎とが、右(七)の両社間の土地売買契約の一〇日くらい後の時期になって、前記代金五億円の契約書の記載と右八億円の支払との間の辻つまを合わせるために作成したものであった。また、平成二年五月にジェネシスに入社した同社財務本部長・高橋精一は、本件土地の売買が国土利用計画法に違反しないか確認するため、同年九月ころ、太成企画を訪ねて山崎に会ったが、その際、前記(七)領収証の記載が右覚書の記載とそごしているのに気付き、山崎に依頼して、右三億円の領収証中の「売買代金」とある記載を抹消させた上、「開発協力金として」と書き直させた。

(九) このように、本件土地売買に当たり、太成企画は、実質的には、ジェネシスの本件土地購入の仲介の役割を果たしたにすぎず、また、太成企画は、ジェネシスが本件土地を購入した後同土地上でゴルフ場を開発する際に、自ら又は他の者に依頼して右開発に協力することを引き受けるなどしたものでもなかった。

(一〇) 被告人は、本件土地売買の後、一回くらい栗沢町役場に行って様子を尋ねるなどしたことはあるが、特にそれ以上、本件土地のゴルフ場開発について具体的な協力をすることはなかった。

以上(一)から(一〇)までの各事実を認めることができる。

そうして、以上認定の各事実に照らすと、原判決も適切に説示するとおり、本件三億円は、本件土地の売買代金の一部をなすものであって、これについて開発協力金の名目が用いられたのは、前記のとおり、本件土地の売買については既にその代金を五億円として国土利用計画法に基づく届出がされ、北海道知事の不勧告通知もなされていたことと辻つまを合わせたにすぎないこと、したがって、この三億円は、その支払によって直ちに被告人の収入となるべき性質のものであって、もとより、仮に後日本件土地のゴルフ場開発ができなかったなどの事態が起きた場合にも、被告人にその全部はもちろん一部なりともこれを返還する義務が生ずるとは、当事者間でも全く考えられていなかったことが明らかである。さらに、前記認定の本件の事実関係にかんがみると、被告人が、何らかの理由により、本件三億円の右のような趣旨・性質を正しく認識していなかったことをうかがわせるような事情があるとも到底認められない。

もっとも、個別の証拠関係について若干補足すると、証人山崎勝則及び同松本耕二の各原審公判供述、証人松田亮一の当審公判供述並びに被告人の原審及び当審公判供述には、本件三億円が実際にも専ら被告人のゴルフ場開発協力に対する対価ないし報酬等として支払われたものであるとの趣旨を述べるなど、前記認定と異なる部分もある。しかし、これらの供述部分は、被告人が右ゴルフ場の開発に当たっていかなる協力をすることが予定されていたというのか、また現にどのような開発協力をしたというのかという肝心の点について、その内容が甚だあいまいかつ不明瞭であって、特段裏付けとなるような事情も認められないなど、全体として不自然、不合理な点を多く含んでいるといわざるを得ず、右山崎、松本及び被告人の捜査段階における各供述を含む、その他の関係各証拠とも対比して、到底信用することができない。また、所論中には、原判決が、前記認定に沿う吉田政司及び高橋精一の大蔵事務官に対する各質問てん末書の信用性を認めた点を論難する部分もあるが、所論にかんがみ検討しても、右吉田及び高橋の各質問てん末書記載供述は、ジェネシスが太成企画に支払った前記八億円の全額が実質的に土地売買の代金であるという認識を述べている点を含め、内容が十分具体的で合理的であり、その他の関係各証拠ともよく符号していて、信用性が高いと優に認めることができる。

所論は、また、本件三億円を開発協力金として支払う旨の記載がある前記平成元年八月一一日付けの被告人・太成企画間の覚書が原審で取り調べられていなかったことを理由として原判決の前記事実認定を論難する趣旨の主張をもする。しかし、右の覚書が原審では取り調べられず、当審に至って初めて取り調べられたことは本件審理の経過に照らして明らかなところである(したがって、原判決が、「事実認定の補足説明」の項で、「被告人と太成企画との間の本件土地の売買契約書には開発協力に関する条項はなく、『開発協力金』なる文言は太成企画とジェネシスとの間の覚書及び太成企画がジェネシスに発行した領収書にのみ存するところである」と説示しているのは、その後段の説示部分に関する限り、右のような当審における事実取調べの結果にかんがみると、必ずしも正確ではないといわなければならない。)とはいえ、右覚書の趣旨・内容は、前記(五)及び(六)のとおりであり、また、この覚書が取り交わされた経緯等も、先に詳細に認定したとおりであって、これによれば、右覚書も、本件三億円が実際には所論主張のような開発協力金ではなく、売買代金の一部であったと認定する妨げとなるような内容のものではないことが明らかであるから、前記の所論もまた理由がないというほかなはない。付言すると、弁護人は、検察官は、右覚書が存在することを知っていながら当初あえてその存在を否定し、かつその提出を故意に遅らせるなどしたと考えられ、このような検察官の対応は被告人の憲法上の権利である防御権や裁判を受ける権利を侵害するものであるなどと主張する(弁護人諏訪裕滋、同永宮克彦、同加藤恭嗣協同提出の平成六年一月五日付け上申書)が、関係の記録及び当審における事実取調べの経緯、内容等に徴して検討しても、右覚書に関する検察官の立証の仕方、対応等に所論主張のような違法な点があったとは何ら認められない。

さらに、前記山崎は、平成四年八月一〇日付けの内容証明郵便により、被告人に対し、本件土地のゴルフ場開発が困難となったことを理由として、本件三億円の返還を請求する書面を送付したことなどが認められるが、山崎の右請求は、本件の原審係属中の前記時期に至り、しかも、同人が、同年七月七日、原審公判で、右三億円は実際には代金の一部であったとの捜査段階供述と異なり、これが実際にも開発協力金であったとの趣旨の証言をした(この証言部分に信用性を認め難いことは前記のとおりである。)間もなく後の時期になされたものであって、このような事情等にも照らすと、右三億円の趣旨・性質に関する山崎の本件土地売買当時における認識をうかがわせるものであるとは到底認められず、前記の認定を左右するには足りないといわなければならない。なお、被告人の原審及び当審各公判供述中には、その他にも、山崎ら太成企画側が被告人に対して本件三億円の返還を求めてきたことがある旨を述べる部分もあるが、その内容自体あいまいかつ不明確である上、前記説示の本件の状況等にかんがみても不自然というほかなく、信用することができない。また、原判決後の平成六年一月二四日、太成企画が被告人に対して、本件三億円の内金一〇〇〇万円の返還を求める旨の民事訴訟を提起したことも認められるが、前同様の理由により、この事実も前記認定を左右するものではない。

その他、所論は、種々の理由を挙げて、本件三億円の趣旨・性質に関する原判決の認定を争う主張をするが、以上説示の本件の経緯等に照らし、いずれも採用することができない。また、右三億円が開発協力金であって、費用の外は返還すべき金員であるとの所論は、前提を異にしており、採用の限りではない。

そうして、被告人が、平成三年三月一四日、帯広税務署で、平成元年分の所得税確定申告をした際、右三億円の収入をことさら除外して記載した虚偽過少の所得税確定申告書を提出したことは関係証拠上明らかであるから、この点で被告人に所得税の逋脱罪が成立することはいうまでもなく、原判決の認定に誤りはない。

3  次に、前記〈2〉の所論について検討を加える。

被告人が、本件土地取引に係る保証金として、平成元年六月一二日、太成企画から現金一〇〇〇万円を受け取ったこと、そして、同年八月一〇日ころ、太成企画側が本件土地の残代金を準備できなかったため、同年六月一二日付け覚書に係る被告人・太成企画間の売買の約束は効力を失い、右一〇〇〇万円の保証金は確定的に被告人が取得するところとなったことは、前記2(二)から(五)までで認定したとおりであり、また、それにもかかわらず、被告人が平成三年三月一四日に平成元年分の所得税の確定申告をした際、前記2の三億円ともに、右一〇〇〇万円の保証金についても確定申告書にその記載をしなかったことは、関係各証拠により明らかなところである。

右所論は、要するに、被告人は前記一〇〇〇万円の保証金については、その受取りを失念していたから確定申告書に記載しなかったにすぎず、この分に関しては被告人に逋脱の意思がなかった旨主張する。

しかしながら、ある者が、当該年度の所得に関する所得税を逋脱する意思で、虚偽過少の確定申告書を提出して逋脱の実行行為に及んだ場合、仮に右確定申告書に記載を遺脱した収入等の中に、一部具体的にはその存在について認識を欠くものがあったとしても、この分を含め、客観的に存在する全所得について逋脱の意思(故意)が認められると解するのが相当である。そうすると、被告人は、前記のとおり、平成三年三月一四日に、前記三億円の売買代金と本件一〇〇〇万円の保証金の双方の記載を欠く平成元年分の所得税確定申告書を提出したものであるところ、右三億円については、被告人が、これに関する所得税を逋脱する意思で、あえて確定申告書に記載しなかったと認められることは、前記2ので詳細に検討したとおりであるから、このように、同年分の所得税を逋脱する意思で現にその実行行為に及んだ事実が認められる以上、その逋脱の意思(故意)は、客観的に存在する同年分の全所得に及ぶと解され、したがって、仮に所論が主張するとおり、本件一〇〇〇万円の保証金について、被告人が申告時その存在を失念していたとしても、これについても、被告人の逋脱の意思(故意)が認められると解されるのである。すなわち、前記2で検討したとおり、被告人が、本件土地売買代金の一部三億円を逋脱する意思で右逋脱の実行行為に及んだと認められ、したがって被告人について平成元年分の所得に関する逋脱罪が成立すると認められる以上は、本件保証金に関する被告人の個別的認識のいかんを問わず、右保証金分を含めた同年分の被告人の全所得について逋脱罪が成立すると解されるから、前記の所論は、この点で既に理由がないというほかない。

原判決は、その「事実認定の補足説明」の四の項中で、これと同旨を説示しているところ、右の判断はもとより正当として是認することができる。

ところで、原判決は、その上で、予備的に、被告人が本件保証金を受領した経緯、その金額、右保証金が入金された被告人の銀行預金口座の利用状況等の諸事情にかんがみると、被告人が申告時本件保証金収入を失念していたとは考えられず、被告人は、右収入について個別的に認識を有していたと認定できるとの趣旨をも説示しているところ、関係各証拠に照らして検討すると、原判決の右説示部分も正当として是認することができる。所論は、種々の理由を挙げて、原判決のこの認定を論難するが、いずれも採用するに足りない。

以上の次第であるから、前記〈2〉の所論もまた理由のないことが明らかである。

4  結局、原判決が、被告人が、自己の所得税を免れる意思で、平成三年三月一四日、自己の土地売買代金の一部三億円及び保証金一〇〇〇万円を収入から除外した虚偽過少の平成元年分所得税確定申告書を提出して、不正の行為により同年分の正規の所得税額との差額一億六一四三万四九〇〇円を免れたとの所得税の逋脱の事実を認定したのは正当と認められ、原判決の右認定に所論の主張するような事実の誤認は認められない。論旨は理由がない。

第三結論

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 萩原昌三郎 裁判官 宮森輝雄 裁判官 木口信之)

控訴趣意書

被告人 菅野光夫

右の者に対する所得税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。

平成五年四月二二日

弁護人 諏訪裕滋

同 加藤恭嗣

札幌高等裁判所第三部 御中

第一 総論――事実誤認

原判決は、被告人が平成元年分の所得税の確定申告(以下「本件確定申告」という。)に際して収入として計上しなかった三億一〇〇〇万円のうち、〈1〉三億円については、北海道空知郡栗沢町字宮村三三五番及び三三七番の土地(以下「本件土地」という。)について、売買代金の一部として太成企画から被告人に授受され、被告人も右三億円が売買代金の一部として自己の収入に属することを認識していたこと、〈2〉一〇〇〇万円については、太成企画の違約により平成元年六月一二日付けの覚書が失効したことによって被告人が確定的に取得した保証金であり、本件確定申告をするに当たり、被告人が右保証金収入があったことを失念していたとは考えられない、との事実を各認定しているが、右はそれぞれ判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認であるから、その破棄を求める。

第二 三億円について

一 総論

1 三億円は、本件土地の売買代金の一部ではなく、開発協力費として太成企画から被告人に授受されたものである。開発協力費とは、本件に即して言えば、被告人が本件土地に造成が予定されるゴルフ場の開発に際して、開発許可を得るように協力し、開発許可がおりたときに得られる報酬(費用を含む)のことである。通常、ゴルフ場の開発許可は、隣接土地所有者の同意書、河川の問題、通行権の問題、自然保護の問題等、多くの問題を解決し、かつ関係各団体や行政庁との綿密な折衝を経た上で許可が得られるものである。そのようなプロセスに於いては、当然多額の費用と日時を要するのであるから、費用込みの報酬を、前払いで開発許可運動の担当者である被告人に渡したのである。そして、開発許可がおりなかったときには、前払いされた三億円から、開発許可運動に費やされた費用を減じた金額を委任者に返還する義務が生じるのは、右三億円が被告人に預託された趣旨から当然のことである。従って、本件土地について、ゴルフ場の開発許可がおりない間は、右三億円は分離課税に係る土地等に係る事業所得金額として計上すべき性質の金額ではない。

2 しかるに、原判決は、右三億円を売買代金の一部だと認定した。

その根拠としては、(1)吉田政司の大蔵事務官に対する質問てん末書(以下「吉田てん末書」といと、他の者の大蔵事務官に対する質問てん末書についても同様ないい方をする。)において、代金五億円の契約書(山崎勝則の検察官に対する供述調書-以下「山崎検面調書」という。-末尾添付)は、国土利用計画法に基づいて北海道知事に届け出て不勧告通知を得た予定対価の額と太成企画とジェネシスとの間の実際の売買代金とが齟齬しないようにするために、代金八億円の契約書(山崎検面調書末尾添付)と同時に作成したものであること、及び開発協力金三億円の記載のある覚書(高橋てん末書末尾添付)も、日付は八月一日付けであるものの、実際は同年九月一一日の太成企画とジェネシスとの間の売買契約書作成の数日後に、代金五億円と記載された契約書と合致させるために、ジェネシスの高澤副社長と太成企画の山崎社長とが作成したこと、(2)高橋てん末書において、開発協力金との記載のある領収書(高橋てん末書末尾添付)は、当初は売買代金である旨記載されていたものを、前記覚書の記載と齟齬しないために、平成二年九月二一日に「開発協力金」と訂正したこと、(3)被告人と太成企画との本件土地売買契約において、当初の売買代金五億円に加えて三億円が上乗せされた経緯は、右売買契約の売買代金の決済期限である平成元年八月中旬ころまでに太成企画は右売買代金を工面することが出来ず、被告人が右契約を御破算にしようとしたため、太成企画がなんとか本件土地を取得してジェネシスに転売しようとして、右売買代金五億円に三億円を上乗せすることで被告人の了解を得て売買契約を締結するに至った、ということ、(4)被告人と太成企画との間の本件土地売買契約書には開発協力に関する条項や右三億円に関する条項の記載がないこと、(5)被告人がゴルフ場の開発許可等に関して協力することは、右三億円を上乗せする前から了解されていたこと、(6)被告人が本件土地売買後になした具体的なゴルフ場の開発許可等に関する協力は、一回程度栗沢町役場を訪れただけであること、である。

原判決は、右(1)、(2)により太成企画とジェネシスとの間で授受された三億円は、名目こそ「開発協力金」となっているが、それは国土利用計画ほうに基づく北海道知事への届出の際に予定対価を五億円としてこととの辻褄を合わせるためであって、その実質は両社間における本件土地の売買代金の一部であると認定し、その事実と(3)ないし(6)の事実より、被告人と太成企画との間で上乗せされた右三億円は、被告人がゴルフ場開発に協力することの対価として授受されたものではなく、本件土地売買代金の一部として授受されたものと認定している。

以下、右認定が、事実誤認であることを述べている。

二 太成企画とジェネシスとの間で授受された「開発協力金」名義の三億円の性質

1 太成企画とジェネシス間の本件土地売買契約に関する物的証拠としては、平成元年八月一日付け覚書一通(売買代金は五億円、開発協力金として三億円と記載されている)、同年九月一一日付け売買契約書二通(一通は売買代金五億円、もう一通は八億円と記載されている)、同日付け領収書二枚(一枚は代金五億円で不動産売買代金として、もう一枚は代金三億円で「不動産売買代金」が抹消されて「開発協力金として」と記載されている)がある。原測はこれの相互に矛盾した書面について、前述した吉田てん末書及び高橋てん末書の信用性を高く評価して、(逆に言えば高澤、山崎の各てん末書の信用性をさほど高く評価せず)吉田及び高橋のてん末書を引用しながら太成企画とジェネシスとの間で授受された「開発協力金」名義の三億円は、売買代金の一部だと認定する立場から、右各書面の矛盾を説明をしている。

2 しかしながら、吉田や高橋よりも、直接的な当事者である高澤、山崎及び第三者的立場にある松本の供述の方が信用性が高いというべきである。

(1) 吉田は、当時ジェネシスの社長ではあったが、そもそも本件土地の売買については高澤副社長が話を持ってきたのであり(吉田てん末書六頁)、本件土地売買は吉田よりも、高澤の方が実際には中心的な役割を果たしていたと考えられる。

つまり、吉田てん末書の内容は、太成企画とジェネシスの間の本件土地売買契約の過程を詳細にトレースしているとは到底思えず、その内容は核心部分において不明確であり、また吉田が把握していると思われる事項についても、てん末書には詳細に供述されていない。結局吉田は本件土地売買契約について、重要な供述を得る対象とは成りえなかったのではないかと思われる。

原判決が述べているように、吉田てん末書は、平成元年九月一一日の両社の売買契約において、二通の契約書が作られ、一通が売買代金が八億円、もう一通が五億円であること、両社間の覚書は右売買契約期日後に、代金五億円と合致させるために作成されたこと、を内容としているが(同てん末書一一頁ないし一二頁)、ただそれのみである。

契約書についてみると、同てん末書には「国土利用計画法に基づいて売買後の届出をしなければなりませんので、そのための売買代金五億円の不動産売買契約書もその時に作成しました。」という供述部分があるが、それは出席していた当事者(吉田、高澤、山崎、松本)の話し合いで決まったのか、とすれば誰がそもそも契約書を二通作ろうと言いだしたのか、話の主導権は誰が握っていたのか、反対した者はいなかったのか、すんなりと話しがまとまったのか、同席していた被告人やオブザーバー的に出席していたと思われる大日本土木の中島の反応はどうだったのか、など詳細な部分が不明である。少なくとも、売買代金の異なる契約書を二通作るという特殊なことを作為的にしようとする場合には、必ず誰かがそういう案を提出しているはずであり、かつそのことについて当事者間でそれ相当の議論があるはずであるにもかかわらず、同てん末書ではその部分の描写が全く欠如している。

また右覚書については高澤と山崎が作成したことを認め(同てん末書一一頁)、吉田自身はタッチしていないことを認めている。そして、吉田は右覚書について、どういう経緯で「開発協力金」という名義になったのか、実際に太成企画が本件土地のゴルフ場開発許可について具体的な行動をとる約束をしたのか等の事実については全く分かっておらず、ただ「こんな内容でいいのかなあ」と漠然と考えただけで、とりあえず右覚書が結果として三億円について辻褄があっていたので、右覚書に印鑑を押しているのである(同てん末書一二頁)。そして、後述するように、山崎や高澤の各てん末書では一致して、太成企画とジェネシスの間では、本件土地を一旦太成企画が取得してゴルフ場の開発許可を得てからジェネシスが買い取る話になり(平成三年五月一〇日付け山崎てん末書二頁、高澤てん末書七頁)、それに関連して本件土地の売買代金額等も変化していったのであるが、その点について、吉田てん末書は一言も触れていない。

また、吉田は本件売買契約において、ジェネシス側の金銭面において責任者たる地位にいたことは認められる(高澤てん末書八頁)。とすれば、吉田は同てん末書で少なくても、金の流れは詳細に説明してしかるべきであるのに、その点についてさえ、吉田は額面五億円と三億円の小切手を二枚作ったことしか述べていない。しかしながら、平成三年五月一〇日付け山崎てん末書六頁、高澤てん末書八頁等によると、結局ジェネシスから太成企画側に総額一二億円の金が流れていることが認められる。とすると、吉田は、右一二億円中八億円以外の四億円について故意に説明を省略しているか、もしくは金の流れについて明確な記憶がないかのどちらかである。いずれにしても、この部分においても、吉田の供述の信用性は著しく低い。

(2) 次に高橋について考えると、高橋がジェネシスに入社したのは平成二年五月であり、太成企画とジェネシスの間で本件土地売買について様々な交渉があったのは平成元年であるので、高橋は本件土地売買についての状況を知る立場にはなく(高橋てん末書七頁、一三頁)、開発協力金との記載のある前記領収書をジェネシスが受け取った際にも、高橋は未だジェネシスに入社していなかった。

従って、ジェネシスが前記領収書を抹消前の記載のとおり売買代金の領収書として受け取ったのか、それとも本来は開発協力金と記載すべきところを便宜的に売買代金と記載して受け取ったのかについて、高橋は知るべき立場にはいないのである。

確かに高橋は、てん末書の中で、前記領収書は土地売買代金と記載されていたところ、平成二年九月二一日、山崎に依頼して「開発協力金」に訂正してもらったと供述している(一七、一八頁)。しかし、山崎はそれを裏付ける供述をしておらず、高橋の供述が果して真実であるか疑問が残るところである。また、仮に高橋の供述のとおりだとしても、そのことは、本件三億円の性質が売買代金の一部であるという命題の間接事実にはならないはずである。何故なら、高橋は、三億円の領収書の名目が「不動産売買代金」となっているのでは前記覚書と辻褄があわないと思い、太成企画社長の山崎に依頼して「開発協力金」に変更してもらったのであるが(高橋てん末書一八頁)、山崎がそのような変更に応じたのは、山崎が高橋に語っているとおり「土地売買代金は国土利用計画法に沿ったところの五億円であり、開発協力金が三億円となっている・・・」からであり(高橋てん末書一七頁)、そもそも前記領収書の名目が「開発協力金」となっていなければならなかったからである。つまり、本来「開発協力金」と記載されていなければならない部分が、「不動産売買代金」と記載されていたのであり、そもそも三億円の実質が開発協力金であるのでそのとおりに直したに過ぎず、実質は三億円の支払いが売買代金であるところを事後的に「開発協力金」と誤魔化したのではない。

それにもかかわらず、原判決が右訂正をもって右三億円の実質が売買代金の一部であることの間接事実と考えたのは、恐らく、高橋が右三億円の実質が本件土地売買代金ではないかと疑っている節があるからだと思われる。即ち、高橋は前記覚書及び二通の売買契約書を不思議に思い、国土利用計画法に基づく北海道知事からの通知書に記載されている予定対価額が五億円になっているところから、右通知書に沿った形で売買代金を五億円とし、開発協力金を三億円としたと思う。と供述しているのであり、前記領収書の訂正が高橋の考えのとおりであると原審は考えたのだと思われる。しかしながら、高橋自身本件土地取引については、「取引の状況についてははっきりしたことは分かりませんが」と前置きしたうえで、右憶測を供述しているのであり(高橋てん末書一三頁)、しかも取引の実際の当事者である山崎が前記のとおり、「土地売買代金は国土利用計画法に沿ったところの五億円であり、開発協力金が三億円となっている・・・」と述べたことを高橋自身が認めているのである(高橋てん末書一七頁)。したがって、前記領収書の訂正が、事後的な誤魔化ししか、そもそも間違っていた記載を正しく直したのかの判断に際して、高橋の単なる事後的な憶測を根拠にするのは間違いであって、前記領収書を授受した取引当事者の意思を問題にすべきである。そして当事者の山崎の意思としては、高橋自身が認めているように、前記三億円は「開発協力金」と認識していたのである。

(3) 次に、本件土地取引の直接的当事者であり、それゆえ本件土地取引の状況を一番よく知っている高澤(当時ジェネシス副社長)、山崎(当時太成企画専務、後に社長)及び太成企画とジェネシスとの間の橋渡しをした松本の各供述を検討する。

ジェネシスから太成企画に流れた金は、一二億円であり(高澤てん末書八頁、平成三年五月一〇日付け山崎てん末書六頁)、山崎は、そのうち売買代金は一一億円と供述する(同日付け山崎てん末書七頁)。しかし、ここで「売買代金」と言っている趣旨は、本件土地売買に関してジェネシスから貰う金額ということであって、その中に太成企画から被告人に渡す土地売買代金、開発協力金、太成企画への報酬等を含んでいるのである。即ち、山崎自身、本件土地の売買代金は五億円であり、開発協力金三億円の名目は「いろんな業務費用」であると供述しており(証人尋問調書五二ないし五三丁)、太成企画とジェネシスとの売買契約に立ち会った松本(松本証人尋問調書五二丁表、平成三年五月八日付け山崎てん末書六頁)も、本件土地売買代金は五億円であり(同調書二八丁表、五二丁表)、実際にジェネシスから入った一二億円のうちの差額七億円については「企画料」という名目になり、その「企画料」のなかに「開発協力金」も含まれると供述している(同調書二八丁裏)。そしてジェネシス側としても、一二億円のうち太成企画から被告人に土地売買代金として五億円、開発協力金名目として三億円が支払わることを知っている(高澤てん末書九頁)。そして、ジェネシスとしては「・・山林だけ買ってもゴルフ場の開発許可がおりなければ何もなりませんから、その辺を考慮してゴルフ場開発に至るまですべての業務を太成企画に請け負ってもらうことに・・」(高澤てん末書七頁)、当初の売買代金価格一〇億円(土地売買代金価格五億円、企画料五億円)を一二億円に変更したときに、太成企画が本件土地について開発エリア及び許認可取得ができることを条件としているのであり(松本証人尋問調書一七丁表、二四丁ないし二九丁、五〇丁裏ないし五一丁裏)、それを請け負って太成企画が、被告人に開発協力金名目で三億円を渡したのであるから、ジェネシスから太成企画に渡された金額のうち、五億円は本件土地売買代金、三億円は開発協力金と考えるのが合理的である。

3 以上から、ジェネシスから太成企画に渡った一二億円のうち、本件土地売買代金は五億円、開発協力金は三億円(名目としては、企画料等に含まれる)であると考えられる。

三 太成企画から被告人に渡された開発協力金名義の本件三億円が、本件土地売買契約代金の一部なのか、真実開発協力金なのかについて、二で述べた事実(ジェネシスと太成企画で授受された金銭のうち、三億円は開発協力金だったこと)よりも直接的で重要な事実は、以下に検討する被告人と太成企画の本件土地売買に関する事実である。

1 一2(3)について(売買代金五億円に三億円-その実質はともかく-が上乗せされた経緯)

(1) 原判決が認定した以下の事実は正しい。すなわち、太成企画は、本件土地取得後はこれをジェネシスに転売する予定であったが、ジェネシスや金融機関から売買代金の融通を受けることができず、結局右代金決済期日までに売買代金を工面することはできないことになった。そこで太成企画は、平成元年八月一〇日ころ、被告人に対し、右事業を説明した代金決済期日の延期を求めたが、被告人はこれを断った。太成企画は本件土地をジェネシスに転売する予定であったところから、なんとしてもこれを入手したいと考え、なおも被告人に対し売買代金に二億円を上乗せすることを提案するなどして、売買契約を締結することを求めたが、被告人は容易にこれに応じず、平成元年八月一一日、三億円上乗せすることで被告人の了解を得て、売買契約を締結するに至った。

ただし、原判決が誤っているのは、上乗せされた三億円を売買代金と認定したことであって、右三億円は開発協力金として上乗せされたのである。

(2) 原判決は、右に述べた「被告人と太成企画との間で当初の売買代金五億円に加えて三億円が上乗せされるに至った経緯」が、「上乗せされた三億円が土地売買代金そのものの一部として授受された」と認める根拠の一つになると判示しているので、右経緯について検討する。

(3) 当初、被告人と太成企画間の本件土地売買代金が五億円だったところ、結局三億円が上乗せになった経緯については、その現場(平成元年八月の「花遊善」での話し合い)に立ち会った被告人、千葉前太成企画社長、山崎、松本の四人の供述が重要である。

まず、最初は直接的な当事者である山崎の供述をまず検討する。

二億円を上乗せすると被告人に切り出したのは山崎自身であり(証人尋問調書二一丁表)、上乗せした理由はジェネシスから金利負担分として二億円が用意されたので、「それが金貸しのほうに行こうが、菅野さんのほうに渡ろうが、うちとしては、私としてはとにかく成約したい」という気持ちであり、その二億円の意味については、〈1〉ペナルティーみたいな気持ち、〈2〉なんとかお金を上乗せすれば成約するんじゃないか、〈3〉菅野さんの強力な協力が得たい、との複合的な意味があるものの(同二〇丁表)、その中で〈3〉については単なる内心の気持ちではなく、被告人に山崎の方からこれからも開発許可について協力してほしい旨を言及している(同四〇丁裏)。その二億円が三億円になった経緯は、被告人との話し合いのなかで誰が言いだしたのかは分からないが結果的に一億円上乗せになり(同二三丁表)、その三億円の名目が「開発協力金」となったことについては、山崎自身は関与せず、松本と千葉が被告人との話し合いの中で決まったが(同二三丁裏ないし二四丁表)、右三億円の実質については、名目通り、菅野の強力な協力を得ることの対価として認識していると供述している(同二四丁表ないし二六丁表)。

てん末書においても、大筋において山崎は同様の供述をしている。ただし、金額は当初二億円と提示し後に三億円に変更になった点は述べられていない。また右三億円の実質が売買代金の一部ととられても止むを得ない旨を述べているが、逆に右三億円が売買代金の上乗せではなく開発協力金として認識しているとも述べており、その趣旨は結局「そう言われてもしょうがないところがある」(証人尋問調書二九丁裏)ということであり、実質は開発協力金であるのだが、売買代金の一部と誤解されるかもしれない、と考えるのが、山崎の各供述を総合すれば合理的である。

検面調書では、「売買代金を八億円とした」との記載があるが、それについては「・・・述べたのかもしれませんけれども、私の認識とは違いますね。」、「面倒くさいと言えば、これ、失礼ですけどもね。わざわざ札幌からここまで来てやるのは非常に迷惑だという気持ちもありましたし、早く終わらせたいという認識が、その辺でひょっとしたら妥協したかもしれません。」(証人尋問調書三八丁)と述べている。

以上を総合すれば、山崎の認識としては、本件三億円の実質は開発協力金であると考えるのが合理的である。

(4) 次に、「花遊善」で立ち会った四人のうち、最も中立的立場であり、かつ山崎の供述によると「開発協力金」という名目にした当事者でもある松本の供述を検討する。

松本は、まず、三億円の上乗せについて「私の記憶では、山崎専務が、実は金利分として二億円上積みされたものについて、菅野先生、何とか、これを、ひとつの、また協力をするという形の中で、我々に力を貸してくれないだろうか、というふうな形で二億という提示を山崎専務が言いだした、というふうな記憶です。」(証人尋問調書十五丁裏)と供述し、その内容は山崎の供述と一致する。ただその後の尋問で、協力金という形で上積みしなさいと言ったのは、山崎か否かは分からないと供述しているので(同三六丁表)、右供述の信用性が問題になるが、それは、松本のてん末書の中で、被告人が「三億円は土地代金ではなく協力金という形で上積みしなさい」と供述しているので、その整合性から出た供述なのだが、てん末書中の右供述は、結果的に三億円の上積みが決定したあとで、その具体的な名目をどうするのかという問題(企画料とするのか開発協力金とするのか他のネーミングにするのか)についての供述であり、そもそも二億円(結果的に三億円)の上乗せ土地代金ではなく被告人開発協力の対価として申し出たのは山崎であることと少しも矛盾しない。即ち、同てん末書の中では、どちらが上積みを申し出たのかのいう点について、太成企画側が二億円の上積みの申し出をしたという供述があるのだから、証人尋問中の供述と一致しているのである。

次に、松本は上積み金の三億円は(結果的に上積み金が三億円になった経緯は知らないと松本は供述している-証人尋問調書二一丁-)、許認可を取得することをプラスするためのものである(同二五丁表)、被告人が開発許可を取ることの見返りが三億円である(同二六丁裏)と述べている。そして、後述するように、太成企画と被告人とのあいだには、三億円の支払いは被告人が許認可をとることを条件としていると供述している(同二六丁等)。

以上を総合すると、松本の認識としても、三億円の上積みの経緯は、山崎が被告人に対して開発協力をお願いしたことからスタートし、結果として被告人に許認可を得る義務が生じたということである。

(5) 最後に被告人の供述を検討すると、五億円に二億円を上乗せするという話は太成企画側の方から出たもので(被告人質問調書一二丁表)、二億円が三億円に上積みされた経緯は、「菅野さん、開発の協力を全面的にしてくれるということであれば、昨日の二億円に一億円を上積みするからどうだろうか」(同一六丁表)ことである。

したがって、当初の二億円が三億円になった経緯については、若干他の関係者の供述と食い違うところがあるが、いずれにしても、被告人は、三億円が上積みされた経緯は、開発協力義務を負うことの対価だとの認識を持っていたと評価できる。

2 一2(4)について(被告人と太成企画との間の本件土地売買契約書には開発協力に関する条項や右三億円に関する条項の記載がないこと)

この点に関しては、第一審では確かにそのような条項を記載した書面は証拠として提出されていないが、その後の調査により、太成企画と被告人の覚書が存在し、その中に、「太成企画が被告人に対して開発協力金として三億円を支払う」旨の条項があることが判明した。その覚書は、太成企画とジェネシスとの間で交わされた平成元年八月一日付け覚書(高橋てん末書末尾添付)と同様の形式である。その覚書を第一審で証拠として提出できなかったのは、被告人が所有していた右覚書が国税局に差押さえられていたからであって、太成企画が所有していたもう一通の覚書は滅失してしまったからである。

被告人は、漠然とながら右覚書の存在を認識していたので、第一審公判廷において、右覚書が存在する旨を口頭で主張したが、検察側はその存在を否定し、結局右覚書を裁判所に提出することが出来なかったのである。

右覚書と思われるのは、平成三年五月八日に帯広市大通南一八丁目ナカタビル菅野光男の事務所において作成した差押目録番号二三三号である。

右覚書の存在が、本件三億円の性質が開発協力金であることの有力な物的証拠となることは疑いがないので、ここで援用する。

3 一2(5)について(被告人がゴルフ場の開発許可等に関して協力することは、右三億円を上乗せする前から了解されていたこと)

確かに、松本の証人尋問調書五九丁以降、山崎の証人尋問調書二八丁裏に、そのような記載がなされている。

しかし、前述のとおり、そもそも被告人とジェネシスとの仲介的役割を果たそうとしていた太成企画が、ジェネシス側の要請で被告人が本当に本件土地を売り渡すのか、そうだとしても開発許可が得られるのか、に不安を抱き、一旦太成企画が本件土地を被告人から買い取り、許認可を得てからジェネシスに売り渡すようになった経緯があり(平成三年五月八日付け山崎てん末書六、七頁等)、その金利分含んでジェネシスが太成企画側に一二億円を支出することになったのである。とすると、ジェネシスが一二億円支出するということは、当然に太成企画が許認可がおりることを請け負った形になり(松本証人尋問調書一七丁、二三丁、二五丁、二六丁、三〇丁、五一丁、五六丁裏)それを受けた太成企画が、その許認可得る作業を、人脈があり役所関係に顔の利く被告人に委ねた(山崎証人尋問調書二八丁裏ないし二九表、四一丁表等、松本証人尋問調書二九丁裏)のである。とすれば、上積みされた三億円が、開発協力金の対価であると考えるのが自然である。

加えて、仮に、三億円を上乗せする前から太成企画側が被告人に開発協力に関して期待することあるとしても、それは単なる対価を伴わない一方的な期待であり、そのことは相手方である被告人には通じておらず、被告人の認識としては、新たに三億円が支払われることによって開発許可に協力すると認識しているのである(被告人質問調書一六丁表、松本てん末書一二ないし一四頁)。

4 一2(6)について(被告人が、本件土地売買後になした具体的なゴルフ場の開発許可等に関する協力は、一回程度栗沢町役場を訪れただけであること)

原判決が認めているとおり、被告人は何らの活動もしなかったわけではなく、少なくとも一回は帯広からわざわざ栗沢町役場まで行っているのである。もし、これが通常の山林の売買であったのならば、売主がわざわざ時間と費用を掛けてこのような行動をとるはずがない。被告人が本件山林を太成企画に売り渡す価格は五億円があるが、それがゴルフ場用地として一〇億円で転売されるのを被告人は知っているのであるから、通常であれば、そのように莫大な利益を得る中間業者(太成企画)が開発許可等の努力をするべきであると考えるはずであり、わざわざ、売主がそのような努力をするはずがない。にもかかわらず、被告人がそのような開発許可に向けての活動を開始したということは、売買代金以外に、それに見合う何らかの対価を受け取ったからと考えるのが自然である。そして、その活動がその後熱心にされなかった理由は、栗沢町が本件土地と地続きの土地と一緒に開発したいという姿勢だったからと推測されるのである(松本証人尋問調書三一丁裏)。

したがって、一2(6)記載の事柄を考えると、被告人が開発許可に向けて運動を開始したことこそ重視すべきであり、そうであれば、右事実は本件三億円が開発協力の見返りとしての性質をもつことの間接事実になると言うべきである。

5 本件三億円は、被告人が開発許可を得られなかった場合には返還すべき業務があること

(1) 松本は、「山崎さんの言葉を借りますと、自分は菅野さんの家に行って、これが許認可下りないとなれば、菅野さん、ペナルティーに問われますと・・・言った、というふうに聞いております」(証人尋問調書二三丁裏ないし二四丁表)と述べ、被告人も山崎からそのような趣旨の言葉を聞いたと供述している(被告人質問調書二一丁)。また松本は「許認可が太成企画が取ることで条件を付けられているんですから、我々が取るということは菅野さんの言葉を信じて取れるというふうになっているわけです。ですから、菅野さん、間違いないですね、そのためにはうちのほうがもし失敗した場合菅野さんのほうにいきますよ、当然損害賠償の対象になりますよ、ということは口の中でいわんきゃいけないと思いますね。」(同二九丁裏)、被告人のほうで最大限の努力をしたけれども許認可が取れなかったという場合でもペナルティーを考えている(同三二丁表)、「菅野先生は協力すると言ったけれど、協力の度合いが、許認可を取れないんだから、当然これは返してもらいますよということを・・・(山崎から)相談を受けました。」(同五一丁裏)と供述している。

(2) 山崎は、契約当時、ゴルフ場開発の許可が下りなかった場合、被告人に対して三億円を返してほしいという考えはなかった旨の供述をしているが(証人尋問調書二六丁裏等)、その理由は、「当然ながら最後まで協力していただけるというふうに我々は思っていました」(同二六丁表)、「間違いなく開発できるだろうと考えてましたんで。」(同二六丁裏)「(三億円は被告人に差し上げたという考えではなく)あくまでも、・・・その条件(開発許可を得るということ)に等しいものだけのものをつくらなければいけない・・・当然、開発が全くできないと、でたらめな土地であるということになると返してもらわなければならないことになるでしょうけれども、当時は全くそういうことは考えてなかったです。」(同二八丁)ということである。

そして、当初の見込みに反して開発許可が下りない状況に立ち至った後に、「最終的にジェネシスがもし撤退したいということであればそれなりに菅野さんに相談に乗っていただきたいということで帯広まで私が来てお会いしたことがあります。」(同二七丁表)、「(松本に対して)どのような対応をしたらいいんだろうかということで相談はしたことはあります。・・・(三億円を被告人から)返還してもらうのが筋なのかどうかよくわかりませんけれども、どういう対応を取ったらいいかという考えは、相談しました。」(同四四丁裏)と供述している。

(3) 被告人は、本件確定申告時まで、本件三億円をジェネシス若しくは太成企画のほうから返せと言われたことはなかったと供述しているが(被告人質問調書二一丁裏)、「気持ちの中では預かり金という形の書類を、心のなかでしてたというのが事実です」(同五一丁表)、「三億円を申告しなかったという理由は・・三億円というお金も大金だし、それと、取引する経過の中で・・・最悪の場合は必ず何かトラブルがあるなと、そのときには、きちっと明確になってから私は所得として載せよう、ということで載せなかった・・」(同二二丁表)、「三億円返せと言ってきたら返すのかという質問に対して)「・・絶対に戻さなければいかんという、向こうが全面的にそういうふうに言ったきたとしたらですね・・」(同四一丁表)、「もし開発許可がうまくいかなければ、この開発協力金三億円は、太成企画に返さなければいけないという不安も少しありました」(検面調書二六頁)と供述している。

6 本件三億円は、国土法を潜脱するために名目「開発協力金」としたのではないこと

(1) 山崎は、「本件土地については既に、売買予定価格五億ということで知事に届け出てあったと、それで不勧告通知が既に下りていると。もし、この三億というのを上積みにして売買価格八億としてしまうと、この不勧告通知に違反しちゃって、のちに勧告通知を受けるおそれがあるから、三億だけが開発協力金という名目にした、ということを考えてたことはありませんでしたか。」という質問に対して「いや、私自身は全くそういうことは考えたこともないですけれども」と答えている(証人尋問調書二四丁裏)。

(2) 松本は、二億円の上乗せの話のときに国土法違反になるのではないか、という話をしたが、それは「牽制して、値段を下げようということの中で使う言葉だと思います。それで、私は、国土法違反になりませんか、というふうな言葉を発したわけです」「・・・我々は国土法違反ということは決してしない、・・・・・あくまでも、不勧告に基づいた五億の土地代金は土地代金、というふうな形で推移をしていたということです。」(証人尋問調書一九ないし二〇丁)と述べている。

7 取引ではゴルフ場開発の許可が下りなかった場合には、それは買主の見誤りということで、買主がその危険を負担するというのが取引の常識であること

山崎は証人尋問調書の中で、右の趣旨のことを述べているが(二七丁裏)、その意味は、通常の土地売買であれば、買主が開発許可がおりない場合の危険を負担するということである。とすれば、買主がそのような危険を負担したくない場合は、開発許可を条件に売主もしくは仲介業者から買うことになる。本件土地の売買はまさしくそのケースであって、最終的な買主であるジェネシスは、その負担を太成企画に負わせ、その見返りとして、売買代金に加えて三億円を太成企画に払い、太成企画はその負担を被告人に負わせることにして被告人に対して三億円を上積みしたのである。つまり、取引の常識として買主が開発許可の危険を負担するということは、開発許可の危険を相手方に移転するためには特別の対価が必要であり、売買代金に上積みされた三億円こそがその対価だと考えるのが合理的である。

第三 一〇〇〇万円について

一 一〇〇〇万円について所得税法二三八条にいう「偽りその他不正の行為」があったといえるためには、被告人が過少の記載をした所得税確定申告書を所轄税務署長に提出したのが、自己の所得税を免れる目的でことさらなしたことが必要であり、単なる不注意による申告漏れは同条に該当しない。

二 前述のとおり、原審は一〇〇〇万円について、太成企画の違約により平成元年六月一二日付けの覚書が失効したことによって被告人が確定的に取得した保証金であり、本件確定申告をするに当たり、被告人が右保証金収入があったことを失念していたとは考えられない、と判断した。

その理由として、〈1〉不動産取引に係わる者の間においては売買契約の保証金は売買代金の一割ないし二割が通常であるところ、本件保証金一〇〇〇万円は予定売買代金五億円に比しても著しく低廉であったため、被告人としてはその額にいたく不満があったにもかかわらず、太成企画から保証金を強引に押し付けられ、銀行預金口座への入金手続きも太成企画側の者が行うなど通常の取引とはかなり異なる状況で右保証金を取得したものであること、〈2〉右保証金が入金された銀行預金口座は主として家屋賃貸料を入金するためのものであるため、保証金の預け入れ後は通常の預金額に比較して相当高額な残金が生じていたものと推認されること、〈3〉被告人は右預金口座のキャッシュカードを所持してこの口座を利用していること、を挙げる。

三 しかしながら、被告人は以下のとおり、一〇〇〇万円の所得(雑所得になる)について失念していたのであり、本件確定申告において過少の申告の認識がなかったのである。

1 前記〈1〉の五億円の取引について一〇〇〇万円の保証金でくぎ付けにされることに被告人は不満であり、その意味では本件一〇〇〇万円は記憶に残る事柄であると言う。

しかし、被告人は、日頃、何千万円、何億という仕事を若いうちからやっているので(被告人質問調書八丁裏)、一〇〇〇万円という金額自体は特に記憶に残るような金額ではなく、通常の取引通りに一億から二億の保証金が積まれていたのであれば逆に記憶に残るであろうが、一〇〇〇万円という金額であれば、本件確定申告時に、そのような保証金を入金されていたことを覚えていなかったとしても、不自然とは言えない。

2 また、同様に前記〈1〉は、通常の入金方法ではなく、半ば強引に、たまたま所持していた銀行のキャッシュカードの口座に入金したという事実も記憶に残る事柄と言う。

しかし、逆に、通常の入金方法の方により日頃取引に使っている口座に入金されたほうが経理上の収入があったことが明らかになり、本件確定申告時に失念することなく収入を計上できたのであり、本件のように、通常の取引による入金方法を取らなかったということは、確定申告漏れを引き起こしやすい事情になると評価すべきである。

3 前記〈2〉、〈3〉の事情は確かに認められようが、しかし被告人はお金のことは案外むとんちゃくで(被告人質問調書三六丁表)、キャッシュカード使用後の残高も確認しない性格なので、被告人に関して言えば、右〈2〉、〈3〉の事情があってもなお一〇〇〇万円を確定申告時に失念していたということは不自然ではない。

4 本件一〇〇〇万円がいわゆる保証金流れとして被告人の収入になった経緯は、原判決が認定したとおりに平成元年六月一二日付けの覚書が一度失効したからであると考えられる。

しかし、それとはほぼ同時に被告人と太成企画は、開発協力金三億円を上乗せした法律上新たな本件土地売買契約を成立させているのであるが、その際に本件一〇〇〇万円はお互いに話のなかに出てこず(被告人質問調書五六丁裏ないし五七丁表)、互いに本件一〇〇〇万円は失念していたと思われる。何故なら、新たな売買契約の交渉において、売買代金五億円に開発協力金として二億円上積みするか、三億円上積みするか、という億単位の攻防がなされているのであり、その交渉の中では一〇〇〇万円は忘却されても止むを得ない金額だったと考えられるからである。

5 さらに、もし被告人が「ことさら」過少申告する意図があれば、様々な手段を講じえたのであり、隠蔽工作の跡が全くないということは、単純に被告人が本件一〇〇〇万円を失念していたことを推測させる。

第四 まとめ

以上のように、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるから、その破棄を求めるものである。

陳述書

私は、本件事件の被告人です。

今回の事件では、太成企画との山林売買について、開発協力金として預かっていた三億円を、売買代金の一部と認定されたのが不服で控訴しました。

というのも、この三億円は、あくまで開発協力金として預かっていたものであるにもかかわらず、その証拠がないということで有罪になったからです。

しかし、私と太成企画との間で、売買代金五億円の他に開発協力金として三億円を預かるという趣旨の覚書を交わしており、その覚書さえ提出できれば、私の無罪は証明されたのです。しかし、その覚書は、探してみたけれども私のてもとにはなかったのです。恐らく、家宅捜査を受け、書類を大量に押収されたときに、その覚書も、持っていかれたものと思います。

私は、この前の釧路地裁での裁判で、そのような覚書があり、それは押収されたかもしれない、とさんざん主張したのですが、検察官にそのような書類は知らないと言われ、結局、裁判所に信用してもらえなかったのです。

今度の札幌高裁での裁判では、是非ともその覚書を検察官に提出して頂き、私の無罪を証明したいと思います。

平成五年四月二二日

菅野光夫

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